あもーれ・みぃお の生い立ち 



以下はこのサイト あもーれ・みぃお が2002年の8月に2周年を迎えた時に2周年記念として臨時に掲載されたページのコピーです。 このサイトを新たにお知りになられた皆様からの あもーれ・みぃお ってなに? どういう経緯で生まれてきたの? という疑問に対する回答となれば幸いです。





こんにちは。 本当にあっ、という間の2年間でした。 今まで沢山の皆さんが御覧になられることだけを励みにやってきましたこの月刊Web雑誌


ですが、とうとう2周年を無事に迎える事となりました。 本当に今までありがとうございました。



このサイトの本当の起こりは今から3年程前になります。 今だから打ち明けられるはなしです。


イタリアに来られてその節にお会いしました、このサイトをごひいきにして戴いております何名か様には既に打ち明けたはなしなのですが、このサイトは元々別の趣旨で作られるはずでした。


「遠い日本から観光やビジネスのためにはるばる当地ミラノを訪れられる皆さんに、ホテルなどでのふっとした時間に少しでも楽しんでいただけるような、イタリア・ミラノを主題にした日本語でのローカル・ミニコミ新聞を作りたい」


起源はここに発生します。 それが今から3年以上前のことでした。 もっとも紙媒体を作りたい、という構想自体はなにもこの紙媒体あもーれ・みぃおの制作時に突然思いついたことではなく、実は更にそれ以前からずっと考えていたことで、紙媒体のあもーれ・みぃおの制作に取りかかる遥か前、8年以上前からずっと考えていた事柄でした。


イタリアにお住まいの方ならご存知のようにイタリアには今、幾つかの日本語紙媒体が存在します。 また、ミラノにも当時英字での月間催し物情報紙媒体が存在していました(今は日本語でも発行しています)。 しかし私が狙いたかったのはそういうものではありませんでした。 あくまで私たちが住んでいるミラノ近郊を主体にした、日本語での、ミラノ近郊に住んでられる皆さんや日本からミラノに到着された皆さんに楽しんでいただけるような情報ミニコミ誌、というものを狙っていました。


そのミニコミ誌のタイトルを あもーれ・みぃお と名づける事にして(アモーレ=愛、皆さんに愛されるように、という意味も込めました)、その月間紙媒体 あもーれ・みぃお 自体の宣伝や補助のため(月間では追いつかない部分の情報提供)としてインターネットのWebサイトを立ち上げよう、ということを当時、考えておりました。 それが

Web版 月間あもーれ・みぃお でした。

つまり最初は紙媒体としての あもーれ・みぃお ありき、そしてそれの補助の Web版あもーれ・みぃお あり、の2本立ての予定だったのです。

その後、ミラノ近郊の複数の大量印刷を請け負っている印刷会社を周ったり、その他の実際に発行するために必要な情報集めに奔走したりしました。 その結果残念乍、一番の大きな障壁が立ちはだかります。 それはイタリアで紙媒体などを発行するには 「発行する資格」(Giornaristaという資格です) というものを取る必要がある という事でした。

結局この壁は乗り越える事ができませんでした。 また、オリジナル・ドメインとして

www.amoremio.it

を取る予定だったのが「まだ大丈夫だろう」とのんびり構えていましたら、たったの2日違いで取られてしまう、というハプニングもこの間に発生したりしました。


つまり結果として紙媒体のあもーれ・みぃおの発行ができず、いろいろと用意していた支度や資料だけがごそっ、と残ってしまった、という残念な結果となってしまいました。 これが1999年の冬から2000年のお正月にかけての頃のはなしです。




しかしここで辞めることは考えませんでした。 紙媒体が駄目ならサブとして補助用に考えていたWeb媒体での情報誌を作ろうじゃないか! と方向を180度転換しました。

それまでコンピューターのことは好きで今でもいろいろと当地ミラノにおいて他の方のコンピューターのトラブルを治したりしていた私ですがこの あもーれ・みぃお を作るのには本当に苦労しました。

まず、私はもともとHTMLのタグを覚えてホームページを作ることから始めましたが(一番最初に立ち上げたMade in Italy は全てhtmlのタグを全くわからないところから、本を参考にしながら自分で組んで作り上げた苦労の作でしたが完成までにこの時は3ヶ月かかりました)、今回のあもーれ・みぃおは流石に手が込みますのでhtmlタグを組んで一つ一つやっていく、という訳にはいきません。 そこで日本の知人に必要なプログラムを手配して送っていただく事から始めました。 そしてこのあもーれ・みぃおを作り上げるまでに毎日8時間以上かかって約3ヶ月かかって完成したのです。 今でも覚えていますが、最後には指がしびれてキーボードもまともに打てない状況でした。。。

そしていよいよこの Web版 あもーれ・みぃお がインターネットに載りました。




因みにこの www.amore−mio.it は日本人として、及び日本私企業として取った.itのドメインの第一号です。 というのは理由があり、当時、.itが取れるのは「イタリア企業だけ」でした。 しかも取れるのは一社につき一つだけ、という厳しい制限を受けていました。 まだまだイタリアではtinやiolなどのプロヴァイダーの年間キットを買って一年間分の料金を前払いする方式でのインターネット接続が主流で、今のように無料プロヴァイダー一辺倒、となるにはまだもう少し時間が必要でした。 当時から既にPartita Iva(イタリア商業税番号=企業として登録された会社が取らなくてはいけない国税番号)を取っていた私はそれにより、.itのオリジナル・ドメインを「イタリア企業」として取得することが出来た訳です。




こうして完成までに3ヶ月もの長い制作の日々を経て生まれたこのサイト、あもーれ・みぃおでしたが私の中にはどうしても紙媒体として始めたかった思い出があり、そのためにわざと

Web版

の文字を残すことにしました。 それが今、皆さんが御覧になられているサイトのトップに出ている

Web版

の文字です。 紙媒体の補助としてスタートするはずだったこのサイトの名残りなのです。




最初の頃から御覧になられていらっしゃる皆さんはご存知だと思いますが今のように あもーれ・みぃお がここまで伸びてこられるようになるまでには一筋縄ではいかない、本当に紆余曲折の日々があった訳です。 そしてその紆余曲折の日々の繰り返しの歴史でもありました。

まず最初の頃に泣かされたトラブルは、CGIのエラーでした。 本当にこれには泣かされっぱなしでした。 カウンターは作動していたのですがどういう訳か細かいエラーで調子が悪かったりしました。

やっとこれが直った、と思ったら今度はJavaスクリプトのエラーです。 なぜか「Javaスクリプトのエラー」とか出てきてこれには本当にてこずりました。 なんやかんやで結局これらのトラブルを解決するまでに半年以上かかりました。

そうこうしていたある日、月間の定期更新をしましたら写真の部分がどういう訳か全て X になってしまって全く見る事ができなくなり、どうしても自己解決ができず、はるばるミラノから300Km!!!(東京−名古屋間に匹敵する距離です)も離れたフィレンツェのプロヴァイダー会社まで出かけて行って相談したりする羽目となりました。

それから音を出るようにしていたのですが 「音を切りたい」 というリクエストが複数あったり。 と同時に私としてはページをめくるたびに音楽が最初からスタートし直してしまうのをなんとかしたい、音はページをめくるのに左右されず、ずっと一貫継続して流れるようにしたい、と思っていましたのでそれらを全部含めて昨年末(2001年末)には当サイトの構造自体を大幅に修正するような大ががりな手直しをしたりしました。 みかけはそれ以前の当サイトと全く変わらないのですが、実は基本構造自体をすっかり一から手直しする必要があったのです。

本当にこのサイトの歴史はエラーやトラブルとの戦いでした。

よくもまあ、私もここまでやってきたものです。




そして最初に考えていた方向とだんだんこのサイトの流れが自然に変わってきました。 例えば最初の号をお読みになられた皆さんはお気づきだと思うのですが最初の頃のこのサイトは文章がとても固くなっています。

それ以外にも例えばイタリアン・モーダは毎月、街行く普通の女性でありながら本当にきれいな着こなしの女性が沢山いるこの街、ミラノの風景をいろいろと撮り集めたい、と考えたりも最初はしていました。

今月の食卓はもっとみなさんがおなじみではない、いろいろなイタリア料理を毎月お知らせできるような場にしたい、とか考えたりしていました。

それがまあ、どうでしょう。 随分と変わってしまったものです。 もっとも私としては今のような肩肘張らないでのびのびと文章を書いている方が好きなのですがお読みになられている皆さんのご感想はどうでしょう?




そんな中、だんだん自分ひとりでやっていくのに手詰まりを感じてきたのも事実です。

人それぞれに感じ方があり、人それぞれに書き味がある、だったらいろいろな方に書いて戴いた方がサイトがヴァラエティーに富んでもっと楽しくなるのでは? という考えの元にミラノに在住のお二人の方に原稿を依頼いたしましたのが丁度一年前、それがしれーなさんとミミさんでした。 また折角イタリアにいるのだからイタリア語の原稿もあったらどうだろう、ということからフランカに毎月小ネタを書いてくれるように頼んだのもちょうどこの頃です。

ただ、ご存知のようにこのサイト、 あもーれ・みぃお は.itのオリジナル・ドメインを取っている関係上、プロヴァイダーの維持費が「かなり」かかっています。 この維持費は全て私、個人のお金で賄っており、結果として当サイト維持の為に全て持ち出し(大赤字)になってしまっている現状では正直な話、あまり筆者の皆さんに原稿代をお支払いすることはできません。 そんな私をわかってくださった上で快く原稿書きを引き受けてくださった筆者のみなさん、本当にありがとうございました。




本来であればこのサイトを立ち上げて直ぐにスポンサーさん探しを始める予定でした。 それが私の仕事が忙しくなったり、個人的にいろいろとあったり、ニューヨークの飛行機事故の影響で日本から来られる方が激減したり、その他もろもろな理由により、結局スポンサーさんもないままに(念の為にお断わりさせて戴きますと、レストランのカテゴリーのLo Zingaroは因みに正式なスポンサーさんではないのです、今だから打ち明けられるはなしです)ずっとこのサイトの維持のために自分の資金の持ち出しで運営してきました。 その間沢山の方から

はやくスポンサーさんのコーナーを充実させて!

という声も戴きました。 本当にありがとうございます。 これから少しずつ充実させていきますので(と過去2年間、ずっと言っているような気がしないでもありませんが)これからもずっとこのサイトを見守っていてあげてください。




すっかりと長くなってしまいましたがこれがこのサイトが起こってから今までに至る経歴です。 ずっとこのサイトを毎月遊びに来てくださっている皆さんも、つい先日から遊びに来られている皆さんも、そして今月初めてこのサイトのことをお知りになられましたみなさんも、これからもこのサイト、 あもーれ・みぃお を末永くよろしくお願いいたしますね。

来年も元気に3周年記念ができるように今年も少しずつ、このサイトを充実させていきたいかと思います。




さて。 それでは前置きが長くなりましたが2周年のお楽しみ。 それは・・・

一応、2つ用意してみました。 きっと皆さんに喜んでいただけるのではないのでしょうか?


ひとつめ。 掲示板を完全リニューアルしてみました。 今までは一つの掲示板の中のボタンで「文化関係」や「音楽関係」などに切り替えるタイプの掲示板を使用していましたが今月からは完全リニューアルして

  ミラノ近郊関係なんでも情報交換掲示板

としてスタートします。

ここは単純にミラノ関係(というか、ロンバルディア州、といったほうが良いかもしれませんね)でのはなし半分、情報交換半分、の気軽に遊びにきていただける掲示板を目指しています。

今までのこのサイト、あもーれ・みぃおはどちらかと言いますと日本からイタリアに来られる皆さんに楽しんでいただけることを主眼にしていましたが、ここしばらく、周りから気楽に言いたい事を書ける掲示場を用意してくれー。。 という声があがってきましたので気軽に書き込める板を用意してみました。

日本からミラノに遊びに来られる方、ミラノなどのロンバルディア州での情報交換をされたい皆さん、などに勝手きままにご利用いただけたら、と考えています。 あらしはだめよ。


それと同時に

  ミラノ近郊関係以外でのことならなんでもこちらにどうぞ

という板も一つ用意してみました。


ついでなのでもひとつ、

  車関係の板

も用意してみたり。 別にイタリア車に関係なくてもお気軽にどうぞ。。 だいたい私自身が乗っているのがお古のシトローエンですし・・・ネ。


二つ目のお楽しみが今月の目玉です。

じゃーん!! 恥をしのんで過去二年間の あもーれ・みぃお のバックナンバーを全て揃えてみました。 いやー、苦労しました。 各ページはそもそも複雑にリンクが入り組んでいますのでそれらを上手に排除して、月間のページだけ上手に残すには本当に苦労しました。 早い話が、バックナンバー構成の為に全ての今まで書いたものを1ページずつ、全てのページを全部見直す作業をしなくてはいけなかった・・・・ ということです(この作業の為にどれだけ時間がかかったかご理解ください)。 バックナンバーを読みたいよー! と言われていましたみなさん、本当にお待ちどおさまでした。

どうじゃ、これ以上の目玉商品はないでしょう? ここでずっと見逃していた過去の号、思いっきり読んで笑ったげてください。。


しかし、実はこのバックナンバーの公開にあたっては、今回、本当に苦労致しました。 と言いますのはこの あもーれ・みぃお を公開しているサーヴァーの容量だけでは全てのバックナンバーを公開することは到底不可能だからです。

そのため、バックナンバーの公開のためにはどうしたら良いのか、といろいろとあたってみましたがどこも上手くいかず、その調査の為だけに約4日を無駄に費やしてしまいました。 これ以上、時間を無駄にする訳には行かない、との判断もあり、結局最終的にはレンタル・サーヴァーを追加で借りることとなりました。 つまり、バックナンバーの公開のためだけに新たにホーム・ページ・スペースをレンタルすることになったのです。 別な言い方をしますと、バックナンバーのためだけにまたまた出費が増えてしまったのです。 しかしこれも毎月、ここを楽しみにおいでくださる皆さんへのファン・サーヴィスと考えて今回、思い切って契約することとしました。 将来的には容量も更に増えますので全部のバックナンバーがいつまでも公開できるとは限りませんが、できるだけ沢山の皆様にできるだけ永く、バックナンバーを御覧戴けるようにし続けたい、と考えています。




という訳で2周年記念のあもーれ・みぃお、ここに上記致しました文章が少しでも皆さんにこのサイトをもっと知って戴くために、そしてもっと楽しんで戴くためへの一助になれば幸いです。

いろいろと途中あった二年間ですが、本当にこの場をお借りしてずっとこのサイトを継続して読んでくださっているみなさんに、そして毎月更新が遅れるばかりのこんな私に気長に付き合って安い原稿代にも関わらず素敵な文章を毎月書いて送ってくださっている(そして書いてくださった)筆者諸氏にお礼のことばを捧げたいと思います。


ほんとうにどうもありがとう。


2002年7月24日













酒井 博 と Franca より